アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「カンガエゴト」のブログ記事

みんなの「カンガエゴト」ブログ


それなりにまたスタートに

2012/02/22 12:57
20、25、30、35、と人というのは節目、要するにキリのいい数字の年齢になると一定の不安感に襲われるのではないかと考えるのは僕だけだろうか?

人それぞれに、独身だったり(僕のように)、子供がいたり、仕事が順調であったりなかったりその数字の時間を迎える状況は異なるだろうけれど、節目というのは端的に言えば、人間に「コレでいいのか?」という疑問を持たせるタイミングなんじゃないかと思う。


僕は3か月くらい前に35を迎えることとなって、その少し前からこれまでにないほど無気力な、希望のない時間を過ごしていた。もちろん最低限の日常生活をこなしながら、むしろ仕事面では人生で一番忙しいだろう時間を過ごしながらではあるものの。

5年前に30歳を迎えたときは、自分でも驚くほどに希望に満ちていて、極端にいえばあらゆる可能性が目の前に広がっているかのような感覚をもって、実際にいろいろなことにチャレンジをしたけれど、35歳というのはこれまで感じたことがないほどに希望、または可能性というものがない、絶望的な段階だった。

以前エントリーしたような気がするけれど、世の中には「35歳問題」という概念があって、それは、”可能性”の中から一つのものを選びその他を切り捨てていく人生という過程の中で、35歳という年齢は残された”可能性”の量が分水嶺を超えて極端に少なくなって感じられることで、一定のうつ状態になるような、そんな問題を指しているけれど、実際そこを通過してみたら、「なるほど確かに」と思うところがあった。

確かに人生の可能性が極めてゼロに近くなったような感覚になるのだ。


だいたい冬にはウインターブルーになるのだけど、それに加えてここ数か月は、無気力でもないけれど、先行きの見えない感覚に襲われて、まずまずの苦しい状態に陥ってしまったような気がする。


サヘル地帯の飢饉ほどではないけれど、それ相応に苦しいシーズンで、世界の片隅でもがいていたわけだけれど、今日起きてみたら、なぜだかそこを通過していた。


ふと身軽になったような、力が抜けたような。



そうしてたどり着いたのは何かというと、アホみたいな話で「自分は間違っていない」という結論で、なんだか書くのも恥ずかしい話だけれど、「これでいいんだ。やろうと思うことをやればいいんだ。」というそんなところに落ち着いた。


大したことではないけれど、結構悩んだ末に”あるべき場所”のようなところにきちんと戻って来れた気がして、それがうれしくて、久しぶりに誰も読まないブログを書いているのだけれど、ただそれだけの話。


ただ、30歳のときは、大人になりつつも20歳くらいの尖った気持ちが再び現れてくるような、少しずつ上昇しながら円を描くような、そんな感覚で戻るべきところにたどり着いた感覚があったのだけれど、今回は少し違って、まったく別の場所にたどり着いたような気持ちになっている。


さあそれが何を表すのか、楽しみながらやっていこうかな、と思います。



※サヘル地帯は、本当に気持ちが苦しくなります。





記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


そろそろ2010年もおしまいで

2010/12/25 17:59
今日で、2010年最後のバレーボールと、茶道が終了して、
忘年会も一通り終わったので、あとは仕事を片付くところまで片付けたら、
今年も終わりと、おそらくあっという間に、なってしまいます。


そうなると、やはり「さて、今年はどんな年だったか?よい一年だったか?」と考えてしまいますが、
どうも、今日いろいろと思い返してみると、無反省に良い年だったとは言えそうにありません。


冬から春にかけては、会社を作ったり、バレーボールのコーチをやらせてもらうことになったり、花見をしたり、華道を始めさせてもらって。そういえば茶道では正客を経験させて頂きました。

夏から秋にかけては、デジタル一眼を手に入れて富士山に登り、ビーチバレーして、バーベキューして、10年ぶりに友人に再会したり、仕事では小さいながら新しいプロジェクトの中心的な役割をやらせてもらって(下請けなんですけど)。


あげればきりがないほどに、大いに楽しい経験をさせてもらって、たくさんの出会いもありました。


でも、一方で何やら色々なものが中途半端なことになってしまったような気持ちもしています。


それに何よりも、幾人かの人を傷つけてしまったかもしれないな、という、心の引っかかりのようなものが今あります。

具体的に思いつく幾人かの人々と、もしかしたら無意識的に傷つけているかもしれない多くの人々。

もちろん、それはいずれもやむを得ずというか、悪意があってのものではありませんが。



そうして、なんでそんなことになってしまったのかと考えてみるわけですが、
それぞれ具体的な事象や前後関係があるものの、
最終的に辿り着くところは、
おそらく、人の上に立ったり、中心になったりして充分に耐えうるほどに、自分が鍛えられていないんだろうというところです。

嬉しくない気付きですね。


でも、考えてみると、自分が至らないというところに辿り着かざるを得ない。


そして別の観点からみると、これは漠然とした表現ですが、自分の”軸”のようなものが見えなくなっているのかもしれません。

「ぶれない」
というのは長らく(ひそかに)大きな課題として考えてきたことなので、やっぱり自分ブレてるなぁ〜という気付きは非常に不快というか、落ち着かない気持ちですけれど。




なんだか暗いな。

もしここまでお付き合い頂いていたらありがとうございます。




そんなわけで一年を振り返って、
さてではどうしようかと考えて、
年末年始は2011年に向けて「自分の軸を据え直す」という精神的な作業をしてみようかと思いました。

具体的な手足は別のことに動かしつつ、何かを考え続けます。





でもねぇ、今こうして書きながらも考えているわけですが、

地球上に70億人分の正しさがある以上、
そしてそれを主張しないわけにはいかない以上、
傷つけ合わずには生きていけないわけですよね。

その上、自省を込めて、人は自分の耳の痛い言葉には、耳を傾けなくなる。間違いなく。




どうすべきかな。


最低限、逃げないこと、かな。

そしてだからこそ、煙たがられたりするのかも(笑)



まぁきちんと、ない頭を絞って考えます。


みなさまにおかれては、ぜひ無条件にハッピーな年越しをお過ごしくださいませ。

心から。



記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3


終りの始まり

2010/12/02 23:38
画像




画像




秋も深まって来たので、先週・先々週と近場で紅葉を観て来ました。


今年は猛暑の影響で紅葉がイマイチ、などと聞きますが、そう言われてみればそう見えるような、いいかげんなかんじで。



春は温かくなっていく日々の中で桜を楽しみ、秋は冬の足音を感じながら紅葉を愛でて、気が付けばもう12月。


「よいお年を」なんて言う機会が出てきたりして。


デジタル一眼を買ったのは、今年もやっぱり一人で富士山に登ろうと、富士山に登るその日の午前中、たしか7月の19とか20とかですが、上に掲載した写真を取り出すついでに、ここ半年ほどの写真をちらちらと見てみると、あっという間だったように感じられる1年でも、カメラを手にしてからの半年ほどでも、あー確かにここに行ったとか、これやったとか、結構いろいろなことがあったじゃないかと思い出されて、時間が早く感じるのは感じ方の問題なんだな、とあほみたいなことを考えていました。

そして、そんな時間を簡単に振り返ることが出来るデジタル一眼というのは素晴らしいものだと思います。
まぁ記憶することを怠けてしまう傾向も出てきますけど(苦笑)。

カメラ自体との出会いも、それに伴った話題の広がりや出会いも、僕にとっては素晴らしいものでした。


そんなわけで師走ともなり、忘年会がたくさん決まって、年末年始の予定なども入ってくると、
さて今年は自分にとってどんな一年だっただろうかと考える気持ちにもなってきますが、
さて、どうだったでしょうか?

みなさん、どうだったでしょう?


年を取るごとにうまく生きれるようになっているのか、ある程度安定感の増した毎日を過ごせていますが、
なんだかそれは、捉え方によっては年を取るごとに自分を丸めこむロジックが多彩になって、それが上手になって、単に適当な手抜きをするようになっただけなんじゃないかと思うことも、たまにあります。


もっと無理をして、つらい思いをすべきではなかろうか?

と。

そうそう、今日ちょうどそんなことを考えていたのです。
忙しくて最近全然フィジカルを鍛えていないなぁ、という反省から派生した思考の流れの中で。

全力とは何か?



まぁ、そんなことはここまでにしておいて、年末。



みんなはどんな一年だっただろうかと、カメラに写っている先輩・後輩・仲間たちを思いながら、考えた12月の始まり。


寒くなってきたけれど、よい一カ月にしたいと思います。



それでは。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2010年のFJ

2010/07/20 05:19
いろいろスッキリとしたくて、今年も富士山に登ってきました。

ほんの数日前にバタバタと決めて申し込んで、当日に準備して、行ってきました。
最近は土曜日に東京を離れられないので、行くならココしかなかったんです。


既に2年連続で登っているので、別に行かなくてもいいかな〜、と思っていたのですが、
最近、いろいろ考えるところがあり(いつもか)、
一人で歩きながらじっくり長考したくなったんですよね〜、急に。


そんなわけでドタバタと申し込んだバスツアー(行き帰りの運びのみ)でしたが、当日いきなりバスが遅れたり、途中で給油したり(ってあり得ないでしょ?サンシャインバスツアーさん(怒))、到着からして遅れたのですが、今回はこんな時間感覚で通過して行きました。

22:40 五合目初
23:16 六合目着
23:47 七合目着
01:08 八合目着
03:30 九合目鳥居着
04:40 頂上

快晴でガスもなく、星に夜景に大いに楽しみながら、ワッサワッサと歩きましたよ。

最初が遅れたせいで、まずいまずいとかなり急いで体力を消耗しましたが、これでぎりぎりご来光に間に合う渋滞に乗れた感じでしたね。

ふむふむ。
八合目過ぎからは渋滞に掛ることを考えると、八合目の最初の山小屋を1:10までに通過出来るかどうかが分かれ目でしょうか。
そう考えると、やっぱり22:00には5合目を出発したいところ。
ちなみに今の静岡の日の出は4:50くらいです。


そんなわけで、水平線上には雲がかかっていましたが、無事に太陽が昇ってくるのを拝むことが出来ました。

画像



どうも私は晴れ男なんですよね。
雨男雨女と一緒にいると、あっさり負けてしまうんですけれど、一人でどこかに出かけると、一人でいるのがもったいないくらいに天気が良いのです。
つまり、人の役には立たないですw

山頂は(も)無風・快晴。
せっかくなのでお鉢めぐりをして、八ヶ岳や日本アルプスも眺めて、影富士も拝んで来ました。
(近くにいた知らない人が「あれが八ヶ岳、あれは日本アルプス」って言っていただけで、本当かは分かりませんが、そちらも登ってみたいですね。)


そして、下山。
下山は(登りも)ジグザグ歩きが基本だと思っているのですが、みんなステッキがあるせいか真っ直ぐ降りてるんですよね。
でも、たぶんジグザグが楽なはず!


だから、教化しておきました。

ジグザグと人を抜きまくって(何せ1.5時間で降りちゃったので)、無言の教化です。

たまにチラっと後ろを見ると、斜めに進みだしている人がいたりして、たぶん50人は教化に成功しました(笑)
下山の下衆な楽しみ方。



なお、すでに登ったことがある人にお知らせですが、トイレが高くなっています。
200円〜300円が相場になって、もちろん汚さは変わらない。
おそらく4割くらいは外国の方なので、山小屋のインチキ商売といい、なんとかならないものかと思うのはいつものこと。
私は(トイレはもちろん使います)今回は水とホットコーヒーを購入しましたが、次回は火力持参を検討しています。



さて、それで肝心の考え事ですが・・・、

出来ましたよ。
今はとてもスッキリしています。

何が?って自分でもよくわかんないんですけれど、力の抜き方のようなものが分かった気がしています。

いい加減だなー(笑)



まぁ、今週もがんばろうという気持ちになっているので、それはいいことじゃないかと思います。



みなさまもよい一週間を。



【追記】
↓大したもんじゃないですが、一応写真です。
http://webryalbum.biglobe.ne.jp/myalbum/100409500a1a89e73e836677042ffab118c63f430/82797019940459721

EOS-Kiss X4 で撮影してます。腕が悪いのと、サイズをかなり落したので、全然いい絵じゃないですが・・・




記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2


力を抜きなさいというアドバイス

2010/07/05 01:14
先日は、お稽古で社中で茶事を行いまして、
あまたの先輩を差し置いて、正客をさせて頂きました。
とても感謝です。


でも、お茶事自体のことは省略して、終了後に先生にご指導頂いたことについて。


それは、「力を抜きなさい」というか、「堅い」ということでした。

あなたはまじめに勉強しているし、あなたが入ると場の空気が引き締まるけれど、でも堅くなってしまう、と。

それは以前から自覚しているんですけれど…

すみません・・・。



それでまぁ、無事にお茶事は終了しまして、
次に向かったのはバレーボール。
昨日は、久しぶりに30人規模の飲み会も兼ねての練習でした(幹事でした)。


私は女子チームのコーチをさせてもらっているんですけれど、
飲み会の場で51歳のママさんプレーヤー(20歳から51歳まで幅広くいるんです)に言われたのは、
「まじめすぎる」
ということなんですよね。

「いや、みんなにプレッシャーを与えているのはわかっているんですけれど…」
と反論とも言い訳ともつかないことを言いつつ、

「もっとくだけた男になれ!そうすればもっといい男になる!!」

と怒られました・・・。
(いや、ありがとうございます。本当に。)


そんなわけで、一日に二度も、しかも50代と70代のレディに「もっとくだけろ」とご指導頂いたんですが、
でもそれって難しいんですよね。

30を過ぎてもう残り時間というものを意識し始めた中で、私ごときの才能では、くだけている余裕はないんですよね。いろいろ考えた末に現時点で辿り着いている結論として、真摯にやるしかないわけなんです。

でも、それが周りに迷惑をかけるというか、プレッシャーを与えることにもなってるんですよね。

難しいなぁ。

だから彼女も出来ないんだな…。


「力の抜き方」みたいな本があれば読んでみたい…。



もちろん、僕の周りにも上手く力を抜いているというか砕けつつも真剣に生きている人たちはたくさんいて、
華道に導いてくれたアホな後輩とか、いろんな仲間を繋いでいる同期のおデブちゃんとか、
(例に出してすまんw)
そういう意味でとてもRespectしていて、見習うところは多いなぁと思うのですが、
でも、一体私はどうしたらいいのだろうか。


そんなことを考えさせられた週末。


もうしばらく、考えることになりそうです。


それではみなさん、よい一週間を。







記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2


1Q84 BOOK3

2010/04/20 22:28
生きている間に日本人のノーベル文学賞受賞に出会えるならば、
つまり私が人生の中で、リアルタイムで楽しむことが出来るノーベル賞作家は、
村上春樹か平野啓一郎ではないかと常々思っていますが、
さて、そのうちのひとり、村上春樹が約61年目の人生で一体どのような結論を出すのだろうかと、
楽しみにしていたBOOK3。


踏み込みましたねー、だいぶ。

BOOK3を通じて説明的すぎると感じる部分が結構あったり、なんだか取ってつけたように登場したキャラクターにびっくりしたりしましたが、今までの作品のように多義的な結論(どうとでも取れる結論)を避け、かなり明確なメッセージを打ち出したように感じました。


なんというか、『なるほど、村上春樹ほどの作家がそこに辿り着いたか』というようなことが少し分かった気がして、よかったです。


『わたしはいるべくしてここにいるのだ』


世界ではどんなことだって起こりうるけれども、わたしはいるべくしてここにいる、という結論。

そうですか。

やっぱり、それでいいのかな。
色々こねくり回して考えても、そこに辿り着くのか、と思うと少し安心します。


30年後くらいに私も、強がりや、人生を美化する意味ではなく、そのように感じていたいと思います。



では。




1Q84 BOOK 3
新潮社
2010-04-16
村上春樹
ユーザレビュー:
撤収宗教や善悪、シス ...
海外の読者へのプロモ ...
無題人にはそれぞれ歴 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2


Twitter社会論、SOSの猿

2009/11/25 00:06
二つほど本の感想を。


仕事柄、新しい技術は一通り気にしているので、
↓こちらを読んでみました。

ユーザレビュー:
中級者のための真面目 ...
Twitterを客観 ...
良著です「社会論」と ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ



ツイッターってどんなもの?
というのが簡潔にまとまっています。
ツイッターというのは、そんなにすんごい技術だとは思いませんが、要点が簡潔にまとまって分量も多くないので(1時間程度で読めます)、興味があれば一読の価値はあると思います。
500円くらいでもいいかな、とも思いましたが・・・(実際は740円+税です)。



つぎは打って変わって
↓こちら
SOSの猿
中央公論新社
2009-11-26
伊坂 幸太郎
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ



伊坂幸太郎の新しいやつです。
帯に「この物語が、誰かを救う」とありますが、たぶん誰も救わないんじゃないかと・・・

漫画家の五十嵐大介という方とのコラボレーションのようなので、そっちの作品も読まないとわからないのかな?


以前に「あるキング」という作品を読んだ際に、
「伊坂幸太郎もそろそろ限界か・・?」
と感じていましたが、
今回は1500円でそれを確認しようと思って購入しました。

その結果として、今この作家は「バリバリの過渡期」なんだなと思いました。
(あるキングのときも思いましたが)

文体なり、登場人物に語らせている主張なりから、
「迷い」のようなものをすごく感じます。
それは、作家という職業がこれまでの作品である程度確立されてしまったスタイルに対して、
次の過程に進むために必然的な道なのかもしれません。
だから、この作品単体としてみるならば、読む価値はほとんどないと思います。

全然関係ないですが、今日知り合いで、同じ年の陶芸家の個展に行って来て、
作品を見たりしゃべったりしてきたのですが、
それに対してもすごく「迷っているな」というのを感じました。

個展は2〜3回目の作家さんですが、
陶芸家として自立していく過程の中で、
おそらく自分なりのスタイル・好みというものや、
今後の現実的な生活とか、
先々に対して色々な不安と迷いがあると思うのですが、
それが作品にストレートに出ていたな、と思いました。

30代って(伊坂さんは38,9のはず)意外と迷う年頃なんですね(笑)。

わたしは迷いが生じるほどの何かを持っていないだけで、
ある意味羨むべきかもしれません。


で、「SOSの猿」に戻りますが、テーマ、構成、主張、文体、etc、過去の作品に比べて特に観るべきものはありません。
もし伊坂幸太郎を読んだことのない方は、過去の作品(もう文庫になっているはずですし)を読んだほうがよいでしょう。
伊坂幸太郎という作家の変化に興味があるのであれば、もちろん一読の価値はあると思います。


批判的なことを書いてきましたが、私は基本的に年齢も近いですし、リアルタイムで楽しめる作家として今後の飛躍をとても楽しみにしています。
まだ何作か時間がかかるかもしれませんが、新しい何かを見つけることを期待したいと思います。



いやぁ、偉そうなこと言ってないで、自分も頑張らないといけません。



では。



記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0


右脳の世紀

2009/11/17 00:43
しばらく読みためていた本について、いくつか書き残しておきたいと思いますが、
まずは最近読んだ本について2つほど。

まずは↓こちら。

ユーザレビュー:
対応すべき課題として ...
アタリのね 史観はお ...
大国フランス的未来予 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ



「リーマンショックを予言した」とかなんとか派手な文句とともに書店に山積みされていますが、
読んでみるとそんな派手な文句は逆効果ではないかと思えるほど、結構面白い本でした。

内容としては、資本主義が萌芽を見せた1200年ころからの歴史を、経済の「中心都市」という概念をキーに、
現在の「中心都市」ロサンジェルスに至るまでを概観し、
それをベースとして考えたときに、
これから20〜40年先の世界は一体どのように動いていくのかということについて作者の予測が述べられています。
作者の予測では、21世紀には次の3つの大きな波がやってくる可能性があるそうです。

まず一つ目は「超帝国」。
社会は超監視体制社会へ移行し、労働者は常に自分の就労可能性を監視し、それを伸ばしていく必要に駆られる。市場は国家の枠組みでは抑えきれなくなり、貧富の格差は拡大する。あらゆるモノの商品化が進み、人間は孤独になり、保険と娯楽が2大産業になる。
暗くなっちゃいますけど、著者も述べているとおり、読んでいると「そういう傾向がすでに生まれている」というのもうなずける部分が多々あります。

第二に「超紛争」。
資源をめぐる国家の紛争、海賊、私設軍隊、宗教原理主義とテロリズム、そんなものが入り乱れた紛争時代がやってきます。
国家が起こす戦争として、希少資源(水・石油)をめぐる紛争、国境をめぐる紛争、国外に関心を向けるための紛争の三つが挙げられていますが、読んでみるといずれもそんなに遠くはない話に思えてきます。
私ももう間もなく、残念ながら戦争の時代がまたやってくると思っていますが、あるいは10〜20年以内の話かもしれないと思いました。

そして、最後に「超民主主義」。
これは第一、第二の波にいわば抵抗する形で、人類が愛他主義に目覚めるという筋書きで、
作者もそれに希望を抱いているということです。

全般的に、私の頭が悪いせいか、なんだか漠然としているというか、もう少し説明してほしいというような気持ちを抱かせるところも多々ありましたが、時間的にも空間的にも私の持っていないスパンで世界を眺めることが出来て、とても有益でした。
しかし、人類はどうやって愛他主義に目覚めるのでしょうか。

-------------------------------------------------------

さて、次はうって変って↓こちら。


奇跡の脳
新潮社
ジル・ボルト テイラー
ユーザレビュー:
ほう?!!こんな奇跡 ...
母の気持ちを理解する ...
科学書ではないと思う ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ



これは、脳科学者が37歳にして脳卒中に見舞われ、
左脳の能力が失われていく過程と、治癒までの道のり、
そして右脳がどのような素晴らしい可能性を秘めているかということを自伝的に描いた物語です。

原題は「My Stroke of Insight」。

私も時に座禅などして、悟り(Insight)にはとても興味があり、、
幽体離脱とか、そんな関係の本を読んでいると「どうも悟りはある種の脳内現象ではないか」と漠然と考えていましたが、どうやら右脳が大きくかかわっているみたいですね。

わたしたちは普段自分の皮膚を境界として世界と自分を隔てる認識を持っていますが、
その「自分の境界」の感覚を押し広げていくと、世界と自分が一体であるというようなところに経験的にたどり着くのではないかと考えていましたが(もちろん考えていただけで体験できていませんが)、この本を読んでみると当たらずとも遠からずのようでした。

本の後半部分は著者が右脳の素晴らしさを強調しすぎて、なんだか「スピリチュアル本」のような感じで少し不満でしたが(訳者もその点を少し懸念しているようでした)、一定の得るものがありました。
わかったことは
・人にはエネルギーを与える人と奪う人がいる
  (与える人になりたいものです)
・もう少し左脳を休ませて、右脳を解放した方がよい
  (チャレンジしてみようと思います)
・実験的に、瞑想のクライマックスに達した状態では、左脳の言語中枢の活動の減少が見られ、左脳の方向定位連合野の活動が少なくなる
  (方向定位連合野が活動しなくなるから、体の境界の認識もなくなるわけですな)



まぁそんな感じですが、
たまたま関係のない上記2冊の本を読んでみて、
勝手につなげてみました。
21世紀は人類は右脳を解放することで愛他主義になるのではないかと。

だから今世紀は右脳の世紀なのです。

うむ。

きっとそうに違いない。



では、また。







記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


選択

2007/12/03 23:15
茶道には一期一会という概念がある。

広く一般的に使われる熟語だけど、茶会に臨むには一生に一度の機会と思って臨め、という教えから来ているらしい。

時間の大切さなんてものは、日常的に反省や後悔を含みつつ考えさせられていることで、時は金なりとか似たような言葉もたくさんあって、聞き飽きているくらいの感覚すらある。


30年程度生きてきて、自分で飽きるほどそれを考えてきたけれど(不思議と飽きないけど)、僕にとっての2007年は、その一期一会という価値観が心に落ち着いたという点で大きな変化の年だったと思う。
彼は心に「すっ」と入ってきたのだ。


茶道を始めたこととそれから派生したいろいろなことが原因なのか30という年齢を超えたことが原因なのかよくわからないんだけど、それによって相手が親族であっても、仲間や友人であっても、大切な人であっても、人と共有する時間というものをとても大切にするようになった。(もちろん一人の時間も)


大切の仕方もいろいろあると思うけれど、同じ場とメンバーで同じ雰囲気で同じ話題を繰り返せることは絶対に死ぬまでに二度とはないということが漸くわかったから、自分の発言と行動をすごく慎重に選択しするようになって、場を乱さない(今まで乱していたわけじゃないけど・・)ように、自分のできる範囲で和を高められるような行動を選ぶようになった。
もちろん必ずしもうまくいかないときもある。
それに、ちょっと「思いきりよさ」を失ったかな、とも思うけど・・・。


10年前の自分と議論できたとしたら、これはたぶんあっさり否定されちゃいそうな考え方で、当時は率直な発言こそ価値があると思っていたけれど、いったい何が変わっちゃったんだろうな?


この変化が成長なのか退化なのか、
善悪も含めて、わかんないなぁ。

でも、もっと早く気がついて然るべきだったかなぁ、とも思うのだ。

どうなんだろうね。




そんな感じで、これも2007年を振り返るの巻でした。


もう12月なんだね。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2007年 = 31年目 其の1

2007/11/06 21:39
間もなく僕にとっての31年目が終わろうとしていて、ついでに2007年も来月までということ
で、年末までダラダラと断続的に1年を振り返ってみたいと思う。

ちょっと早いか。

まぁいいか、と。


誕生日が微妙に11月下旬なので、振り返って、気持ちを切り替えるには区切りが悪いだよね。
1月1日生まれだったら、すごいすっきりなんだろうなあ。



さて。

僕はここ数年、意識的に1年という区切りで、その1年を振り返って反省し評価することを、満足にできていないなりにやってみている。

25歳になるまでは、過去を振り返ることの意義が理解できなくて、嫌いでもあったから全くそういうことはしなかったんだけど、さすがに四半世紀を迎えたことと、自分の立ち位置を確認しないといかんともし難い状況にあった(今思うと結構ひどい生活だった気がする)ので、まずはそれまでを振り返って、現状をできるだけ正確に把握しようと思ったわけだ。
もちろん個人的な出来事や変化について。

みんなそういうことをするんだろうか?




そして、この一年何があっただろうかと考えてみた。

大きなことを書いてみると、
・30代になった。
・茶道をはじめた。
・陶芸をはじめた。
・ランニングをはじめた。
・携わっていたプロジェクトを離れた。
・転職を決意した。(準備を始めた)
・中日が優勝した。
・人間不信になった。

って感じかな。

なんかいろいろ始めたな。
さすが30。区切りだ。

そんでその過程でたくさんの人と新しく出会って、まぁ残念ながらもう会わないだろう人も発生して、他界した人もいた。(友達の子供もたくさん生まれた!)


おぉ、そんなことを考えていたら一年が終わりそうな気がしてきたぞ。。


まだ2か月ある。


(時間もないので)今日は具体的なことは書かないけれど、しばらくの間だらだらと今年を振り返ってみようと思う。
どうぞよろしく。



そして、毎年、結構真剣に思い(願い)、果たせないことなのだけれど、
僕はいろいろな知人の個人的な今年を、会ってゆっくり聞いてみたいと思う。
毎年そう思う。
そう思わない?


今となっては稀にしか会えない友人がたくさんいるんだけど、
何かの折に、「あいつはどうしているだろうか?」というふうに、
思い出すことがしばしばある。


年末はやたらと忙しい(特に気持ちが)のだけれど、
できる限りそんな友人・知人たちの今年の話を聞いてみたいと、切に思うのです。


だって、互いの一年を語りあって、それでもって「じゃぁまた来年だね〜」って、
笑って年を終われたら、それは、たぶんすごい幸せじゃない?






記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


タイトル 日 時
Generations
今日、なんとな〜く考えていて気がついたこと。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/11/03 01:23
Coaching
コーチングというものが世の中でささやかなブームとなっているらしい。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/11/01 00:11
倫理21
こんなものを読んでみました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/10/03 00:29
道元禅師
少し時間がかかりましたが、こちらを読みました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/09/28 23:26
オキグニ
オキグニ 島根県隠岐の島、というのをご存知でしょうか? ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/09/26 23:31
ミシマ
こんな本を読んで、久しぶりに三島由紀夫のことを考えました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/09/12 00:01
坐禅
近所のお寺に座禅会に参加してきました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

2007/09/08 22:42
デリダ
久しぶりにデリダ(といっても解説書)を手にとってみたら、 少しわかるようになっていた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/09/05 00:30
温暖
最近、ニュースやら新聞記事やら、 気候やら日常会話やらで地球温暖化の話題に接する。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/23 22:38
ある夏の週末
ある夏の週末 週末の出来事を少々。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2007/08/05 22:55
入魂
入魂 本日は野球観戦。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2007/07/29 01:03
イチロー
予定通り、今日は小沢一郎について書きます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2007/07/25 23:33
我儘なる母
母が東京に遊びに来ている。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2007/06/10 00:09
楽焼なり
さて、落ち着いてきたので、最近はじめた陶芸の話。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/05/14 23:05
そしてまたあした
連休明けからは新しい職場。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2007/05/08 22:41
plenty of
おっつ、ひさしぶり。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2007/04/28 12:02
春の詩
季節の変わり目には俳句を考えるようにしている。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/04/11 01:11
INPUT不足だったみたい。
ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/03/27 16:06
Personality One
成功の裏にも失敗の裏にも同じ人間がいる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/01/30 00:12
記号と実在
長らくご無沙汰。 ごめん。これからしばらく更新頻度を上げるよ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/01/16 23:02
セマンティック
最近、記号論というものに少し興味を抱いてる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2006/12/07 22:49
続き
失敗した、っていう事実全体の咀嚼が半ばくらいまで終わった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/12/05 12:32
失敗
30歳間近のある日に、 突然、人生が失敗だったことを知らされた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/12/02 02:09
耐えること、なじむこと
働くようになって、何年も経つと、 我慢することの大切さを覚えてくる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2006/10/06 00:55
ゼノンの逆説
帰りの電車で、「無限の話」という本を読んでいて、”ゼノンの逆説”なるものについて考えた。 (無限の話〜ジョン・D・バロウ、松浦俊輔訳、青土社。この逆説自体は普通に有名な話みたい。) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/09/28 23:39
大正2年
母方の祖母の誕生年。 西暦1913年=大正2年。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/09/27 00:50
ネットと感情
ネットの世界って、感情が激しいな、と思う。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/09/14 01:01
今日を生きるということ、目標を持つということ
過去のことをいつまでも考えたり、 現在に存在しない未来を心配したり、 そんな無駄なものは置き捨てて、 一日の区切りで生きるということ、つまり「今日」を生きるということが、 人生においてはとても大切だ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/08/11 01:39
リ・フレッシュ
循環が基本だなぁ、と思うこのごろ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/08/01 06:04
前提
最近、こころの前提を変えようと努力している。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/07/26 00:11
月夜、宇宙船
先日のニュース。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/07/12 00:51
母について
「最後まで大切なのは友達だ」とは もうすぐ還暦を迎える母の言葉です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/06/17 02:05
落第落伍
とある、資格試験に落ちました。 しかも結構簡単なやつ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/06/14 00:08
世界の枝
地面の奥深くに中心のような球根があって、 沢山の枝みたいなのが地上に向かって伸びていて、 地上には先っちょだけが、まるで独立しているかのように顔を出している。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2006/06/01 01:54
knowledge management
ナレッジマネジメント、というのがある。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/05/31 00:41
キャップ
自分の思考にキャップをかけているな、 と思うことが最近よくある。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/05/29 02:47

トップへ | みんなの「カンガエゴト」ブログ

ターミナルタウン カンガエゴトのテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる